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プロダクションコスト寺澤幸裕(伊藤見富法律事務所 弁護士)

 成功する映画(広い意味での「モーションピクチャー(Motion Picture)」を意図しており、テレビ放送を目的とした映像コンテンツも含まれる)を製作するための要素にはさまざまなものが存在するが、そのもっとも重要なもののひとつとしては、プロダクションコスト(製作費用)の調達がある。この資金調達を、英語では「ファイナンシング(Financing)」ということもある。映画の製作には、大きく分けると、①映画の企画・製作準備段階ともいえるプリプロダクションまたはデベロップメント(Development)、②映画の製作そのものであるプロダクション、③映画製作後の作業であるポストプロダクションの各段階が存在し、プロダクションコストという場合には、この①ないし③の段階において、当該映画製作のために直接必要となるコスト(これを「狭義のプロダクションコスト」という)を意味するのが一般的である。また、この狭義のプロダクションコストは、フィルムのネガを作成するために必要なコストであるので、「ネガティブコスト(Negative Costs)」ということがある。なお、このネガティブコストには含まれないが、映画の製作会社を起用する際に、当該映画製作会社に対して支払うことが求められることがあるものに「オーバーヘッド(Overhead)」と呼ばれるコストがある。これは、製作会社の当該映画製作のためのバックオフィス費用の性質を有するものとして計上されるコストで、製作経理の起用費用、オフィスのレンタル代などに充てられるものと称される。しかしながら、実際にはその明細はブラックボックスであり、狭義のプロダクションコストの一定のパーセンテージ(たとえば10%や15%など)がオーバーヘッドとして製作会社から求められることがある。

 本稿で取り扱う「プロダクションコスト」とは、この「狭義のプロダクションコスト」のみならず、①から③に必要なすべてのコストに加え、ファイナンス費用および弁護士費用を含み、映画製作に必要な一切の資金を意味するものとする。

 プリプロダクションコストとしては、スクリプト(脚本)、ディレクター(監督)、キャスティングディレクター、キャスト(俳優)の調達、権利のクリアランスや雇用に必要な費用などが含まれる。

 狭義のプロダクションコストとしては、撮影スタジオの利用に必要なコスト、ロケーション撮影に必要なコスト、セットの製作費用、撮影機材や製作スタッフの調達費用などが含まれる。なお、製作会社に製作を一括して委託する場合には、製作会社に支払われる報酬にこれらのプロダクションコストがすべて含まれている。

 ポストプロダクションコストとしては、音楽、編集、デジタル効果(Digital Effect)、クレジット入れ、必要な場合には字幕入れのためのコストなどが含まれる。

 ファイナンス費用としては、たとえば金融機関などからのローンであれば、ローンの実行手数料やコミットメントフィー(Commitment Fees)並びにローン元本に対する利息がそれに該当するし、投資の場合には、投資スキームの構築費用がそれに該当する。また、投資スキームの構築費用には、それに関与した弁護士や税理士などのプロフェッショナルの費用や当該資金調達のために関係官庁への登録手続や公告手続などが必要な場合には、それらの費用も含まれる。さらに、第三者からの「完成保証(Completion Guarantee)」が求められる場合には、その調達費用もこれに含まれる。金融機関によっては、当該ローンの提供に際して弁護士を使った場合には、弁護士費用の返還を求められることもある。

 日本国内において、大手テレビ局や映画配給会社などが幹事会社となる製作委員会方式による資金調達を除けば、映画の製作および資金調達には、複雑な投資スキームを利用しなかったとしても、この分野において経験と実績を有する弁護士の起用が必要不可欠である。そして、この弁護士は、映画製作およびメインの資金調達を実施する国において、映画製作および資金調達に精通している弁護士であることが必要である。たとえば、日本で映画製作を行いメインの資金調達先が日本であれば日本の弁護士を、香港で映画製作を行い香港でメインの資金調達をする場合には香港の弁護士を雇うことが必要となる。なお、映画製作とメインの資金調達先の国が異なる場合には、それぞれの国の弁護士を雇うことが理想であるが、資金調達にフォーカスする場合には、当該資金調達を行う国の弁護士のアドバイスが必要不可欠である。まず、それぞれの国においては通常、資金調達に関する各種の法的規制が存在する。もちろん、その法的規制の範囲外となり、あるいは法的規制の対象ではあるが、その例外規定に該当し、資金調達に何らの手続も必要ない場合も存在する。

 しかしながら、これらの場合であっても、本当に何の手続も必要ないのかは、弁護士などの専門家によって確認する必要がある。万が一にでも判断を誤った場合には、資金調達ができず、あるいは資金調達に思いのほか時間がかかり、ブックしていた監督やキャストのスケジュールが合わなくなるなどの理由から、当該プロジェクト事態が頓挫してしまう可能性もあるからである。また、独立系プロジェクトでは資金調達が困難なことを利用し、資金調達の手助けをするふりをして、極めて巧妙に高額の金利をむさぼり取ろうとする輩や、資金調達費用や仲介手数料と称して高額のフィーを要求する者も存在する。少額であっても、このような高額な金利を要求する者からの資金に手を染めてしまうと、当該プロジェクトでは他のまともな先からの資金調達は困難となる可能性がある。また同様に、資金調達をコミットすることなく、いわゆる委任(コミッション)ベースで高額のフィーを要求され、その支払いに同意をしてしまった場合には、実際に当該資金調達エージェントが資金調達に動けば、資金調達がなされなくても、コミッションの支払い義務が発生することがあるし(日本法ではそのような結論となる)、仮にこのようなファイナンスエージェントが資金調達をコミットしたとしても、集める資金に対するパーセンテージなどで計算された高額なリテイナー(前払い報酬)を要求され、その支払いと同時に行方をくらませるなどの悪質な事案も存在する。資金調達におけるこのような潜在的リスクから、自らまたは自らのプロジェクトを守るためには、当該国のエンタテインメント業界と資金調達に経験と実績のある弁護士の起用は、必要不可欠であろう。

目次

1. はじめに
 1-1. プロダクションコストの定義と内容
 1-2. プロダクションコスト(狭義)の調達方法
2. 企画のプリセール
 2-1. プリセールのための必須事項
 2-2. プリセール契約上の留意点
 2-3. 海外テリトリーを対象とした配給権のプリセール
3. 自分の映画製作ビークルへの出資依頼
 3-1. 映画製作ビークル
 3-2. 投資家からの資金調達
4. ローンの調達
 4-1. コーポレートローンとアセットローン
 4-2. 資金調達費用
 4-3. 金融機関から求められるドキュメント
 4-4. ローン契約に関するその他の留意事項
 4-5. ローンの実行
5. ジョイントベンチャー(パートナーシップ)
6. ポストプロダクションセール
7. 政府からの補助金等
8. 完成保証
 8-1. 完成保証とは
 8-2. 完成保証会社の役割
 8-3. 完成保証会社に提出を要するドキュメント
 8-4. 完成保証会社によるプロジェクトの審査
 8-5. 完成保証会社による完成保証の適用除外
 8-6. 完成保証会社による完成保証料
 8-7. 完成保証会社によるプロジェクトへのハンズオンコントロール
 8-8. 完成保証会社によるリクープ
9. その他の保険
10. 製作経理
11. 参考資料リスト

基本情報

ページ数
34ページ
出版社
経済産業省
言語
日本語
発行年
2011年